タカシとヨシコ
初対面 / 公園のベンチ
ヨシコ(79) 元看護師。夫とは10年前に離婚。一人暮らし。
待ち合わせは公園のベンチ。タカシは10分前に着いた。杖を横に置いて、鳩を見ていた。
ヨシコは時間ぴったりに現れた。「タカシさんですか?」と聞いてきた。タカシは立ち上がろうとして、膝が痛んだ。「あ、座ったままでいいですよ」とヨシコが言った。
隣に座る。二人とも、何を話せばいいか分からなかった。
「アプリ、難しくなかったですか?」とヨシコが聞いた。
「孫に全部やってもらいました」とタカシは正直に答えた。「写真も孫が撮ってくれて」
「私も娘に」とヨシコは笑った。「『お母さん、若い頃の写真使っちゃダメだよ』って怒られました」
タカシも笑った。久しぶりに笑った気がした。
「お昼、どうしますか?」とタカシが聞いた。
「近くにうどん屋があるんですけど」
「うどん、好きです」
二人はゆっくり歩いた。タカシは杖をつきながら。ヨシコも腰が少し曲がっていた。若い人なら5分の距離を、15分かけて歩いた。
うどん屋に着く。タカシはきつねうどん、ヨシコはかけうどん。「私、天ぷらはもう重くて」とヨシコが言った。タカシは頷いた。分かる。
うどんを食べながら、昔の話をした。仕事のこと。家族のこと。亡くなった人のこと、離婚のこと。重い話も、軽い話も、全部同じトーンで話した。もう、隠すこともない。
「また会えますか?」とタカシが聞いた。言ってから、少し恥ずかしくなった。82歳にもなって。
ヨシコは少し考えてから言った。「来週の水曜日、空いてます」
タカシは手帳を取り出した。予定は何もなかった。「空いてます」と言った。
帰り道、公園まで一緒に歩いた。「じゃあ、また」とヨシコが手を振った。タカシも振り返した。
家に帰って、孫に電話した。「どうだった?」と聞かれた。
「うん、よかった」
「また会うの?」
「うん」
孫は笑っていた。タカシも少し笑った。
恋とか愛とか、もうそういう言葉は似合わない歳だと思っていた。でも、来週の水曜日が楽しみだった。それだけで、十分だった。